東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)175号 判決
一、本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用例が本願出願前国内に頒布された刊行物であること、引用例に審決認定の記載があることは、当事者間に争いがない。
二、本願発明が原告主張の(1)の構成を備えることを要件とするプレツサーの補助装置であることは、当事者間に争いがない。
そこで、原告主張の(2)の構成が本願発明の要旨であるか否かについて判断する。原特許発明がこの構成をその要旨とすることは当事者間に争いがないところ、原告は、本願は原特許の追加特許願であるから、原特許発明の要旨は当然に本願発明の要旨になると主張する。しかし、追加の特許出願であつても、その発明の要旨となる構成は特許請求の範囲に記載されたものに限られることは、独立の特許出願の場合と同様である。そして、本願発明の特許請求の範囲には前記(2)の構成が記載されていないことが明らかであり、特許請求の範囲中「原特許の構造を尚一層効果的ならしめたるを特徴とする」との記載は、この構成を記載したものと解することができない。したがつて、原告主張の(2)の構成は本願発明の要旨ではない。
三、原告は、本願発明のクリヤラーバーはその主張の(3)のような形状を有するものに限定され、このためその主張のような作用を営む、と主張する。そして、成立に争いがない甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細なる説明の項、発明相互の関係の項および図面(以下「図面等」という。)には、「クリヤラーバー5は薄い円板で周囲に歯(とげ)のある形状であり、プレツサー13の下部に設けられる。そして編地の編目をその歯にかけることによつて、編地が編針とともに動いてタツク状になることを防止する作用を営む。」旨の記載があることが認められる。
しかし、本願発明の特許請求の範囲には、クリヤラーバーをプレツサーに取り付ける旨の記載があるだけで、その形状、取付位置については何も記載がない。そして、前認定の図面等の記載は、特許請求の範囲記載の「クリヤラーバー」を限定的に定義したものか、その実施例を説明したものか明らかではない。もつとも、前記甲第二号証によれば本願明細書の図面の略解の項には「第一図Aは本発明の平面図、Bは其側面図」との記載があることが認められるが、これをしんしやくしても前記図面等の記載が特許請求の範囲記載の「クリヤラーバー」を限定的に定義したものと解することはできない。また、「クリヤラーバー」が前記図面等に記載された形状、作用を有する部品を表わす技術用語として当業者間に周知であることを認めるに足りる証拠はない。成立に争いがない甲第一五号証の一から五まで、第一六、第一七号証はこの事実を認める証拠としては不十分である。
したがつて、本願発明のクリヤラーバーの形状には原告主張の(3)のような限定はない。
四、原告は、本願発明の補助ガイドはプレツサーの下面両端部前面に突出して設けられ、このためその主張の作用を営む、と主張する。そして、前記甲第二号証によれば、本願明細書の図面等には、「補助ガイド4は細長い薄板でプレツサー13の下面の両端部および前面に突出して設けられる。そして、垂直に下降する編地に一定の角度を附し、あたかも機械を同じ角度傾けた場合と同じように、編地が編針とともに動いてタツク状になることを防止する作用を営む。」旨の記載があることが認められる。
しかし、本願発明の特許請求の範囲には補助ガイドをプレツサーに取り付ける旨の記載があるだけで、その形状、取付位置については何も記載がない。そして、前認定の図面等の記載は、前認定の図面の略解の項の記載をしんしやくしても、特許請求の範囲記載の「補助ガイド」を限定的に定義したものと解することはできない。
したがつて、本願発明の補助ガイドの形状、取付位置については原告主張の限定はない。
五、次に本願発明の作用効果について検討する。
審決は、本願発明につき、「その効果は、プレツサーに補助のガイドまたはクリヤラーバーを取り付けることにより、編地をおさえてタツク状に編成されることを防止するというプレツサーの効果を一層確実にするものである。」と認定し、原告もこれを争つていない。しかし、前認定の図面等に記載されたクリヤラーバーおよび補助ガイドの作用が少くとも本願発明の実施例が有する作用効果であることは、前述したところから明らかである。そして、前記甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細なる説明の項には次の記載があることが認められる。
「本発明の作用効果は、前述せる如く、タツク状(カブリ目)と成る事を防止せんとする補助装置であるが、元来プレツサー13の存在に依り編目は完全にキヤストオフされてタツク状となる事は無いのであるが、家庭用機として考案された本願の機械の如く、通常の場合家庭に於ては各種ゲージの機械を備ヘる事が出来ず、単一の機械で種々の番手の用糸及無理な度目の編物を編成するので、度つみもの(編目の小さいもの)の編成をなす時、編地が編糸と共に動いてタツク状(カブリ目)と成り易いので、其欠陥を防止せんとするを特徴とする。」
この記載を前述の実施例の作用効果をしんしやくして解釈すれば、本願発明のクリヤラーバーおよび補助ガイドは、具体的に前述のような作用を営むかどうかは別として、プレツサーとは独立して、編地をおさえてタツク状に編成されることを防止するというプレツサーと同様の作用効果を有するものに限定されると認めるのが相当である。
そうすると、前述の審決の認定は、このような作用効果を有する補助ガイドまたはクリヤラーバーを取り付けることにより、本願発明がプレツサーの効果を一層確実にする効果を有する趣旨を説示したものと解さなければ正当とはいえない。
六、そこで、引用装置の布抑え(8)および誘導車(11)の作用効果について判断する。
成立に争いがない甲第三号証および引用装置の布抑えと凹溝を示す模型であることが当事者間に争いがない検甲第一号証によれば、次の事実が認められる。
引用装置の布抑え(8)は薄板を内側に突出するように断面<省略>状に折り曲げ、受板(9)の前側全面にわたつてこれに対向するように断面<省略>状に設けられた凹溝(10)に、適当な間隙を存して嵌合されている(別紙(〔編註〕省略)図面(二)第2図参照)。そして、カム板(3)とともに左右に移動するに当り、編地を屈曲させて前記の間隙内に抑え込み、これによつて編針の出入口の際起りやすい編地の妄動を防ぎ、タツク状に編成されることを防止する作用効果を有する。
この認定事実によれば、引用装置の布抑え(8)が本願発明のプレツサーに相当するとした審決の認定は正当であり、この点は原告も争つていない。
しかし、前記甲第三号証および検甲第一号証によれば、次の事実が認められる。
引用装置の誘導車(11)は、そろばん玉のような形状でその外周は前記布抑え(8)と同一の<省略>状に形成され、布抑え(8)の両側部に設けられたものである。そして、前認定の布抑え(8)の移動に際し、これに先行して編地を無理なく屈曲させるとともに編地を傷つけない作用効果を有する。
この認定事実によれば、誘導車(11)は、編地を屈曲させて布抑え(8)と凹溝(10)との前記間隙に誘導することにより、布抑え(8)の左右への移動を円滑にし、編地の損傷を防止するだけで、布抑え(8)とは独立に編地をおさえてタツク状に編成されることを防止する作用効果を有しない。したがつて、引用装置の誘導車(11)は本願発明のクリヤラーバーまたは補助ガイドに相当するとはいえない。
以上のとおりであるから、本願発明のクリヤラーバーが引用装置の誘導車に相当し、本願発明は技術思想としては引用装置と同一であるとした審決の認定は誤りである。
七、よつて、審決にはその認定に誤りがあり、原告主張の違法があるといわざるを得ないから、原告の請求を認容する。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
一、特許庁における手続の経緯
原告は、特許第二〇九一一七号(昭和二五年六月一五日出願。)(以下「原特許」という。)の追加特許願として、昭和三〇年一月二一日「プレツサーの補助装置」という名称の発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したところ、昭和三一年七月一〇日拒絶査定を受けたので、同年八月一一日抗告審判を請求した(昭和三一年抗告審判第一六九四号)。特許庁はこれに対し昭和三九年一〇月一七日「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年一一月一二日原告に送達された。
二、本願発明の特許請求の範囲
プレツサーに補助のガイドまたはクリヤラーバーをそれぞれ一個或は各々一個づつまたは二個或は各々二個づつ取り付け、原特許の構造を尚一層効果的ならしめたるを特徴とする構造
三、審決理由の要点
本願発明の要旨は、「プレツサーに補助のガイドまたはクリヤラーバーをそれぞれ一個或は各々一個づつまたは二個或は各々二個づつ取り付けたことを特徴とするプレツサーの補助装置」である。そして、その効果は、プレツサーに補助のガイドまたはクリヤラーバーを取り付けることにより、編地をおさえてタツク状に編成されることを防止するというプレツサーの効果を一層確実にするものである。
これに対し、本願の出願前国内に頒布された刊行物である昭和二七年実用新案出願公告第九七四八号公報(以下「引用例」という。)には、手編器の布抑え装置として、布抑え(8)を設け、その両側部にそれぞれ誘導車(11)、(11)を設けた装置が記載されている(別紙(〔編註〕省略)図面(二)参照)。そして、その作用効果として、編針の出入する所に相当する編布を一定の力で編布を傷つけることなく抑止するものである旨説明されている。
そこで、本願発明を引用例記載の布抑え装置(以下「引用装置」という。)と比べてみる。原告(請求人)は、引用装置はプレツサー(布地抑え)を支持する腕が二本あつて糸の取替えが不能であり、誘導車(11)がそろばん玉のような形状で、しかも布地抑え(8)との抵抗面が多いのに対し、本願発明のクリヤラーバーはその車に歯を付け、またその厚さも薄いものであるから、両者は相違する旨主張する。
しかし、プレツサーの支持腕を一本とするかどうかは本願発明の要旨ではない。仮にこの点が要旨に含まれるとしても、プレツサーの支持腕を一本として編糸の取り替えを可能にした点は、原特許発明の要旨をなすものである。そして、原特許発明は本願の出願前である昭和二九年七月二八日に出願公告され、公然知られたものであるから、本願発明はプレツサーの支持腕を一本とした点に発明があるものと認めることはできない。
また、本願発明は、その特許請求の範囲には単に「クリヤラーバー」と記載されているだけであるから、そのクリヤラーバーは、必ずしも実施例の図面(別紙(〔編註〕省略)図面(一))に示されるように、周囲に歯を設け、かつその厚さが引用装置の誘導車より薄いものに限定されるものとは認められない。しかも、この実施例に示されるものについて引用装置と比べてみても、このクリヤラーバーは、プレツサーの編地をおさえる作用をより確実にするために設けたものである。そして、編地との間にすべりを生ずることが好ましくないことは明らかであり、すべりを防止するために接触面に凹凸部を形成することは技術的知識として本願の出願前周知である。したがつて、クリヤラーバーを実施例の図面に示されるような歯車状に形成した点は、引用装置の誘導車に比べ単なる設計的差異に過ぎないものと認める。
以上のように、本願発明と引用装置は、表現および実施例の設計に差異があるだけで、その構成において本願発明のプレツサーおよびクリヤラーバーは引用装置の布抑えおよび誘導車に相当し、その作用効果はメリヤス編機において編地をおさえて編地に対する編針の移動を確実にする点において一致する。したがつて、本願発明は技術思想としては引用装置と同一である。
よつて、本願発明は、特許法施行法第二〇条第一項によりなお効力を有する旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第四条第二号に該当し新規な発明と認めることができないので、同法第二条の追加特許の要件を具備しない。
四、審決を取消すべき事由
(一) 引用例が本願出願前国内に頒布された刊行物であること、引用例に審決認定の記載があること、原特許発明がプレツサーの支持腕を一本とすることを要旨とし、昭和二九年七月二八日出願公告されたこと、本願発明がプレツサーに補助のガイドまたはクリヤラーバーを取り付けることにより、編地をおさえてタツク状に編成されることを防止するというプレツサーの効果を一層確実にする効果を有すること、引用装置の布抑え(8)が本願発明のプレツサーに相当することは認める。
しかし、本願発明が技術思想としては引用装置と同一であるとした審決の判断は、以下に述べる理由により誤りであるから、違法として取消されるべきである。
(二) 本願発明の要旨は次のとおりである。
(1) プレツサーに補助のガイドまたはクリヤラーバーのいずれかを一個または二個、あるいはいずれも一個または二個取り付けること
(2) プレツサーの支持腕を一本取り付けること
(3) クリヤラーバーの厚さを薄くし、かつその周囲に歯(とげ)を設けること
(4) 以上を特徴とするプレツサーの補助装置
(三) 本願は原特許の追加特許願であるから、原特許発明の要旨は当然に本願発明の要旨になる。そして、原特許発明はプレツサーの支持腕を一本とすることを要旨とするものであるから、この点は当然に本願発明の要旨になるしたがつて、前記(2)の構成が本願発明の要旨ではないとした審決の認定は誤りである。
(四) 本願発明のクリヤラーバーは前記(3)のとおり、厚さを薄くしその周囲に歯(とげ)を設けたものに限定される。これは、クリヤラーバーの性質自体に基づく。そして、本願発明のクリヤラーバーは、タツク状に編成されることを防止するため、その歯(とげ)で編目を突き刺す作用を営み、これによつてプレツサーが編地をおさえる効果をより確実にする効果が生ずるのである。
これに対し、引用装置は薄鉄板を<省略>状に折り曲げた布抑え(8)を使用するため必然的にそろばん玉のような形状の誘導車(11)、(11)が必要となつた。そして、この誘導車(11)、(11)は、布抑え(8)が編地を屈曲させて抑え込むときに生ずる編地の損傷を防止し、これを無理なく屈曲させて布抑え(8)に誘導する作用を営むものであつて、布抑え(8)と独立した作用を営むものではない。したがつて、本願発明のクリヤラーバーが引用装置の誘導車に相当するとした審決の認定は誤りである。
(五) 本願発明の補助ガイドは、プレツサーの下面両端部前面に突出して設けられる。そして、この補助ガイドは、あたかも機械が約四五度傾斜している場合のように、編地の下降角度を約四五度にし、これによつて編目を拡大して、タツク状に編成されることを防止する作用を営む。
これに対し、引用装置には本願発明の補助ガイドに相当する作用を営むものがない。したがつて、この点の相違を看過した審決の認定は誤りである。
(六) 以上のとおり、本願発明はそれぞれ独立した作用を営むプレツサー、クリヤラーバー、補助ガイドが集合して、タツク状に編成されることを防止する効果を生じている。これに対し、引用装置には布抑え(8)のほかにこれと独立してタツク状に編成されることを防止する作用を営むものがない。したがつて、本願発明は技術思想として引用装置と同一であるとした審決の判断は誤りである。